2006年 05月 24日 ( 1 )

ただいま?

ただいま~。

無事にFijiとTongaから帰ってきました。ありがとう。ありがとう。

あっ、2週間前の話ですよ。



楽しかった~。

トンガではずっと村に泊って、姉ちゃんのSWY友達セノリータとその家族にイロイロ案内してもらった。

ラグビー観たり、遺跡巡りしたり、島に行ったり。

食事はタロイモとチキン、マトンが多かったけどこれまたメチャクチャ美味くて毎食腹いっぱい食ってた。

トンガの素晴らしいところはのんびりしているってこと。

まーじでゆっくり生活。

敬虔なキリスト教国のこの国では日曜の労働は禁止。

やってる店もなければタクシーも休み。(一部ホテルは除く)

日曜に交わした契約は全て無効、という徹底ぶり。

唯一の例外はパン屋で、これは昔サイクロンの被害で食糧不足になった時の名残らしい。

でも村にパン屋は無いし関係ない。



てことで日曜は

起床→朝食→教会でお祈り→昼食→昼寝→教会でお祈り→夕食→就寝

みたいな生活。



教会に行ったのは生まれて初めてだし新鮮だった。

聖歌は絶叫系w

夜は地元のカバパーティーに連れてってもらった。

たまたま近所で葬式があったからそれに参列したり。

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あと、日本でも少しニュースになったらしいけど、でっかい地震があった!!

しかも本島から2時間ぐらい離れた島に行ってた時で、泊ってたコテージがメチャクチャ揺れた。

地震で目が覚めたの生まれて初めて。

しかも浜辺のすごい近くに泊ってたから津波が来ないかマジ不安だった。(高台に逃げるとかしなかったけど)

のんきなトンガのホテル経営者、パニックの姉、最初冷静だったけど姉に影響されて不安になるオーストラリアの老夫婦、聖書を読むセノリータ。

日本人の地震、津波への意識の高さを再認識した瞬間だった。

とは言え、停電になるし、電話は通じないし、ラジオは聞こえないしでどうしようもない状況。(だから高台に逃げればいいのに)

津波来たら確実に全滅だったな。

俺も楽観的だったけどいま思うとホント恐い。



トンガに1週間ちょい滞在してからフィジーのスバに行ったんだけど、その飛行機が機械トラブルで2時間出発が遅れて、目的地もスバからナンディに変更になった。

スバからナンディへはAir Pasificが用意した車で4時間ぐらい・・・。更に荷物がナンディに届いたのがうちらの1時間後。半日潰れた。

驚いたのは乗客の対応。ほとんどがトンガ人かフィジー人だったけど誰も文句言わない。

「まぁしょうがないか」みたいな感じで。

日本でこんなことあったら文句を言う人が必ず出てくるだろうに。



スバではセノリータのお姉ちゃんPisilaと妹Teisaの家に滞在。(Teisaの彼氏は日本でラグビーやってる。)

トンガの人口は10万人だけど、それと同じくらいの人が国外にいるとか。

フィジーでは行く前に日本からメリッサに連絡してたから、メリッサと彼氏(前に会ったことある)、ジョーダン、ジョーダンの妹・彼女に会ったり、ラベニアとかジムの職場に行ったり。

あと、1回ウェルカムパーティーをしてくれてそこには姉ちゃんの同期(SWY13)とか他のExPYとかも来てにぎやかだった。

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この年にしてフィジー3回目だけど何度行っても癒される。

でも今回は滞在期間が短かったから何か慌しかったな。
島に帰ってたRuthとは結局連絡とれなかったし。
いつかまた行けたらゆっくりビーチとかも行きたいな。


姉とは一生行きませんよ。





さて、帰ってからもこのトンガペースの生活を維持してる。

起きてダラダラ寝てダラダラ。

問題なのは、このことに関して自分の中に危機感が無いこと。

てかこんな心の底からグータラできてるのは小学校以来かもしれない。

そう考えると素晴らしい。

最高☆☆

昨日ゼミに行ったら、来てた4年生は大体ニートみたいな生活してた。(俺も含む)

NEETのEが1つ消えようがTが消えようが今の生活はなまけてる。

そろそろ動かなきゃな。パワプロのペナント完全制覇を目標にしてる場合じゃない。

英ちゃんにインスパイアーされてこの1年間は文学的(?)に生きようと思う。

映画も観るさ。本も読むさ。
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by nanzashi0607 | 2006-05-24 23:11